2009年04月17日

救いの道先 遺跡イベント

―救いの道先―

ゴディバへ!

 ポロサ近傍に敷かれた、アノーレに置けるアラセマ常駐軍の本営となる駐屯地。
 駐屯地を構成する、北の森から切り出された木々で組まれた木造建造物郡の中の一室。第十二師団副団長の居室であるその部屋には、二つの人影があった。
 一つは、窓際の寝台に両膝を抱えるようにし座り、焦点の合わぬ両眼を茫と外へと泳がせた妙齢の娘。この部屋の主である、クスィーク・カナル・フハールだ。
 銀鎖で仕立てられた鎧と剣、隙無い軍服で固められていた身体は、今は白一色の施療服が覆うのみ。本来ならば凛と張った気を常に放っていたその肩は細く小さく、表情は虚ろという他無い。
 額や腕には包帯が巻かれて入るものの、ガレーで起こった遺跡暴走の際に負った傷であるそれは既に癒えており、身体には何の問題も無いという。
 だが、眼に見えぬ傷というものも世の中には確かに存在する。
 身体ではなく心。外側ではなく、内側に大きな傷を負った――彼女を見た施療師は、そう診断して切り上げた。神蹟による治療は、外的な損傷や術式による精神干渉を排除する手段は持つが、既に心に傷を負ってしまった者を癒すことは出来ない。時間と、周りの協力以外に治療を手助けすることは出来ないという。
 ここへ来る途中に聞いたそんな話を思い出し、部屋の出入り口となる扉を背に立つもう一つの影。長い髪を後ろで結い上げた彼女――先見のエリンベル”とも呼ばれる預言者、マリカは苦々しげな表情を浮べ、寝台で縮こまる娘の姿を見ていた。
 象徴のみの存在ではあったが、公式ではアノーレ駐屯の常駐軍の頭である師団長カナード・フハールと、クスィークと並ぶ力で軍部隊を纏めていた準軍師イルギジド・マイゼルを同時に失い、第十二師団の上位指揮権を持つのは現在彼女だけである。普段通りのクスィークであればそんな状況など物共せず、今起こっている変事への対処も的確に行っている筈だった。
 だが、今の彼女は外部からの言葉に反応を殆ど返さず、ただこうして寝台の上で丸まっているだけ。食事も殆ど取っていないらしく、青白い顔には以前までの力強い凛々しさなど欠片もない。
 指導者全て失った形となった常駐軍は完全な混乱状態にあり、各々の部隊の長達が自己判断で事態を収拾するべく走り回っているが、当然そのような形では満足な連携が取れるはずも無く、成果は芳しくないと言う。
 幾度か彼女の部下となる部隊長達が今後の方針を伺う為に訪れたようだが、自分の眼で見た彼女の様子と施療師の言葉に、落胆の色を隠さず去っていったらしい。
 彼等が落胆するのも判らなくもない。今、眼の前に居るクスィークはまるで抜け殻のようだ。気力というようなものがその瞳から全く抜け落ちていた。現在の郡を纏められる唯一の存在がこんな有様ではどうしようもない。
 ――まぁ、軍がどうなろうと関係無いけどね。
 疲れの混じった吐息をつきながら、マリカは両腕を組んだまま扉の横の壁に背を預ける。
 マリカは、軍がどうこうという理由でここに訪れたわけではない。単に、自分が視た彼女に纏わる道筋を、当人に伝えようと思っただけだ。
「くーちゃん、聞こえてる?」
 ただ声を掛ける。当然、というべきなのか。寝台に丸々クスィークは何の反応も示さず、茫と外を眺めるだけ。開かれた窓からは緩やかな風が流れ込み、カーテンを小さく揺らしている。
 マリカはもう一度溜息をついて、僅かに思案する。
 言うべきか言わざるべきか。いや、それは決まっている。本当に決めなければならないのは、どう言って切り出せば、完全に沈み切ってしまっているクスィークの意識を揺り動かせるのか。それだけなのだが。
「…………」
 どうしたものか。迷って、しかし苦笑する。単刀直入に言ってしまえば良い。その後の彼女の行動に自分は責任などもつ必要はない。むしろ、何の反応も無いほうが平和で良い気もしていた。マリカはただ、自分の視た道を彼女に伝えれば良い。所詮は部外者なのだから。
 壁から背を離すと、彼女は寝台の横に歩み寄り、告げた。
「“先見”を視みたよ、くーちゃん。貴女と、師団長の――カナード・フハールの事」
 カナード。その響きに、ふるりと彼女の首が動いた。
 虚ろな視線がマリカの顔を捉え、大きく見開かれる。マリカは間近で見た彼女のやつれた顔にほんの一瞬痛ましげな表情を浮かべて、言葉を続ける。この“先見”は少なくとも彼女の心にとっては強壮剤となる筈だから。
「ガレーに向かった連中や、大草原の連中が見かけた“大禍鬼”の縁を追って、昨日視てみたのさ。そうしたら、二つの道が視えた。一つは貴女が死ぬ道。もう一つはカナード・フハールが死ぬ道。指された場所は雪の廃墟。分岐点は貴女の行動」
「――ッ、こほ、こ、ほ!」
 クスィークの身体が揺れて、激しく咳き込む。声を出そうとして、その出し方を忘れていた。そんな音。
 錆び付いた声帯を動かす為か、彼女は何度も咳をした後、先刻までとは質の異なる茫然の顔でマリカを見上げ、
「でも――でも、カナード様は、もう」
 うわ言のように呟いて、そしてぶんぶんと思い浮かんだ記憶を振り払うように彼女は首を振る。クスィークがガレーの遺跡で何を見たのか。それはマリカにも知らない。だから、彼女は自分が見た“先見”だけを伝える。
「少なくとも、死んではいないみたいよ」
「……え?」
 顔を上げたクスィークに、マリサは両腕を組んだまま淡々と続ける。
「先見のヴィジョンによると、ね。あの馬鹿でかい鬼に取り込まれてるけど、イルギジドが施した式かなんかのせいで、完全に溶けてないみたいだね。片方のヴィジョンで、その結びが解ける場面が見えたから。上手くいけば、助けられるかも知れないよ」
「嘘、そんな……」

 未だ衝動覚めやらぬといった風に揺れる彼女は、もう完全に混乱しているように見えた。
 マリカは他に彼女の思案を補助する話題は無かったかと、とんとんと何かを思い出すように自分のこめかみを叩く。
「――そうだわねぇ、ならもう一つ話そうか。前に……いつだったかな。そう、貴女がノイハウスを攻めるためにポロサを出た時。あたし、ちょっと気になったから貴女に関する“先見”をしたのよ。そのときあたしが見たのが、貴女を大事そうに抱えてどこか暗い建物の中から外へと運び出す大鬼の絵。内容がめちゃくちゃだったからすっかり忘れてたけど……貴女はガレー遺跡でイルギジドと彼の“大禍鬼”と遭遇して、それからどうやって助かった? それを思い出してみなさい?」
「……え、あ」
 クスィークは少し俯いて、自分の肩を両手で抱くようにして動きを止める。そして少しの間の後、一度強く、両肩に指が食い込むほどに強く自身を掴んだ。
「そう、そうだ。私、私はあの時みたいに、手を引かれて」
 呟きと共に、彼女は勢いよく顔を上げる。
「それなら……それなら、教えて、マリカ。私が死んで、カナード様が生きる道。たとえどんな姿でも、あの人は私の――」
「…………」
 見上げてくる彼女の痩せた顔に宿る決意の気配、両眼に灯る強い意志の色に呑まれて、マリカは僅かに黙り込む。
「マリカ、お願い」
 必死の懇願。身を乗り出すようにしてこちらを見上げる彼女に、マリカは何とも居心地に悪い気持ちで視線を外した。
(なんだか、馴れないわねぇ)
 何もない天井を見上げて間を作りながら、内心苦笑する。
 違和感の理由は簡単なもの。彼女の言葉遣いだ。
 今までクスィークにこんな口調で話された経験など一度も無かった。普段の彼女は常にどこか堅苦しくも素っ気無い男言葉でマリカや部下達に接していた。
 だが、先程からの彼女はどこか気弱げな風すらある子供のような口調。覗いてくる瞳には強い力だ込められているものの、それは藁にも縋る様な必死という意志。
 そんな彼女の態度の裏から透けてみるのは、小動物を思わせる弱々しさだ。
 これがクスィーク・カナルという人間の何の偽りもない素の形であるとするならば、今までの彼女の副団長としての生活、軍人としての生活は酷く辛い物であったのではないか。
 この“先見”の事を知らなかった彼女ならば、もう仕える者も無い軍に固執する事はなかっただろう。体面を気にして常に気を張るような生活を止める選択肢だって見出せたのではないか。客観的な視点で彼女の為を思うのならば、ここで“先見”のことを話さなければ、もしかしたら――。
「…………」
 ――しかし、マリカはそこまで考え、内から生まれた誘惑に小さく首を振る。彼女は生粋の預言者であった。
「あたしが見たのは殺される貴女と、鬼から切り離される師団長の場面。もう一つは鬼と誰かが相打ちになって消える場面。貴女が望む未来を得たいと思うなら、まず急ぎなさい。北のゴディバへ。ガレー、ノイハウス、ヴィタメールと辿って最後が雪の降る廃墟というなら、そこしか有り得ない。細かくどうすれば良いかまでは判らないけど、そこで貴女が望むように動けば――変わる筈だよ」
「……そう」
 そしてクスィークは立ち上がる。両眼には強い意志が宿り、身体からは痩せたその身を補うかのように強い気迫が溢れている。
「ありがとう、マリカ」
 普段の彼女が纏う凛とした清廉さとはまた質の異なる、死地へ向かう覚悟を決めた者独特の気配だった。
 多少覚束ない足取りで、彼女は準備を始める。北へと向かう準備。弱った彼女の身体で果たしてもつのかどうか。武術技法の他にも様々な術式や召喚術を扱うことの出来る彼女なら無理は出来るだろうが、適う限り全力での旅路となれば、やはり過酷なものとなる。
 ――それでも、この子は行くのだろう。
 マリカは溜息と共に彼女の傍へと寄ると、無言で彼女を手伝う。
 脱ぎ捨てた衣服はそのまま、久々に動かす己の身体を確かめるようにゆっくりと軍装を纏っていく。
 クスィークはマリカの方を見ぬまま、まるで独りごとのように呟いた。
「ガレー遺跡での事、思い出したの。あの鬼は確かに、私を救いあげてくれた。もしかしたらそれは、自分で生み出した幻だったのかもしれない。だけど、それでもいい。今更、今更迷いはしない」
 マリカは彼女の言葉には何も言わず、別の問いを作る。
「一応聞くけれど、軍のことはどうするの? 色々と無茶苦茶になってるみたいだけど」
 普段着込む鎖鎧は手に取らず、服だけを整えていく。つける防具は手甲のみだ。己の体力を把握した上での選択。腰に提げるは銀の長剣。留め金全てを調節し終えてから、彼女はマリカの方へほんの僅かに視線を向けると、
「知らない。今の私にはそんな事考えられないもの。残った人が好きにすればいいわ」
 きっぱりと言い切る。その潔さに、マリカは思わず声を出して笑い、そして「そう」と気持ちよく頷いた。
 最後に上着となる軍套を纏い、クスィークはマリカの方へと改めて振り返ると深々と一礼。
 そして挙げた顔に浮ぶのは今までマリカが見たこともない、清々しい笑顔だ。
「行きます、マリカ。……今まで本当にありがとう」
 マリカは言葉として答えを返さず、ただ小さく手を振る事で別れを告げた。
 クスィークはそれで満足したのか、踵を返すと小走りに近い足取りで部屋から姿を消した。

 ・

「……さて」
 クスィークの面影を追うように誰も居ない扉前を眺めていたマリカは、区切るように呟いて、傍にある――クスィークがつい先程まで蹲っていた寝台へと手を置き、そしてゆっくりと腰を降ろす。
「一つは貴女が死ぬ道、もう一つが師団長が死ぬ道、か」
 独りごちて、マリカは小さく苦笑する。
 本当はもう一つ、別の道を見ていた。
 一番欠けて、一番淡い。しかしクスィークには幸ある未来。しかしそれを教えればその道は閉ざされる。故に伏した。教える事で可能性を完全に摘まれる選択肢は、預言者が告げる事はない。何故なら告げるという事でその予言は既に意味を成さなくなるからだ。
「上手く、その道を選び取れれば良いのだけどね、あの子も」

 寝台に座り、窓際から外を見る。まどろみを誘う暖かな日差しにマリカは眼を細めて、そして空が掲げる太陽の輝きが、彼女の道行を明るく照らすことを祈った。

 ・

 カンクゥサの山脈を越えたぷるみえーるを包むのは、北方からただ吹きつける凍えた寒風だ。
 空は高く清んで太陽も大きく空を照らしているにも関わらず、漂う空気は触れれば切れるような鋭い冷たさを帯びていた。
 ぷるみえーるは山の麓に立ち、遠く見える集落の影、コートニーの村を眺める。
 アノーレの島にアラセマ移民達が作り上げた集落は大きく括れば五つ存在するという。
 他島との交流の要たる港を持ち、アノーレ島に詰める常駐軍の本営があるポロサ。
 四つの芯林に囲まれ、その林での狩猟によって生計を立てるティネ。
 カンクゥサの山脈から取れる鉱物を加工する施設を備えた鍛冶の村、ノスキス。
 この三つがアノーレ南部にあるのに対し、他の二つ、コートニーとハザムはカンクゥサを挟んだ島北部に存在する。
 北部は亜獣の数が多く、カンクゥサという難所を抜ける必要があったため、そもそも人口も少なく、開拓者達の暮す集落という意味合いが強い。コートニーの場合は島北部の鉱石及び、カチトの平原に生息する珍しい動植物の狩猟、収穫。そして幾つかの遺跡に残った“機甲”の部類に属する品々を得る者達が暮す村だった。
 再度凍えた風が吹き、思わず身を震わせたぷるみえーるの横に、ノエルが吐く息を白くさせながら並び立つ。
「ぷるみえーる、アノーレ北部の情報は不明な点が多い。カンクゥサの存在と、そしてゴディバでの爆発の影響による土地概念の変動。前者は兎も角、後者の影響は大きいはずです。コートニーにも常駐軍の駐屯地は存在しますが、本営からここまでは遠い。わたしが持っている情報もガレーに居たお二人から教わったものが殆どですから、食い違いも多いでしょう」
 言いたい事は直ぐに判った。まずコートニーで情報収集を行うべき、という事だっろう。
 それにはぷるみえーるも異論は無かった。元々アノーレで暮していた訳ではないぷるみえーるにとって、南部では殆ど話題にも上がらないアノーレ北部の事柄については殆ど知識が無い。目的地である“四大遺跡”、ゴディバについても詳しい位置は知らず、至る道筋についても同様だ。急ぎ、その辺りの情報を仕入れる必要がある。
 ぷるみえーるの呟きに、ノエルは無表情のまま小さく頷く。
「ぷるみえーるは村の方へ向かってください。わたしは軍の駐屯地の方でそちらに詰めている兵士の方からお話を伺ってきます、ぷるみえーるは村の方達から周辺地域や、ゴディバまでの道筋の現状等の情報収集をお願いします。コートニーには“先生”とイェアが共同で作成した特殊結界を構成する印章機構が運び込まれています。“灯火の座”という名のその器が置かれた建物は、村人達の憩いの場となっていると聞いていますので、そちらで彼等から情報を集めるのが良いかとわたしは考えます」
 ぷるみえーるの頷きを見届けてから、ノエルは坂を足早で下っていく。
「では先に行きます。印章機構“灯火の座”で落ち合いましょう」

 ・

 数時間の後。ぷるみえーるはノエルの言っていた“灯火の座”が安置されている、村の中心に建てられた建物の中に居た。
 “灯火の座”を設置するためにわざわざ造られたのであろう、白色に染め抜かれた建物の中央。祭壇を思わせる台座の上に置かれるのは、暖色の輝きに包まれた大きな洋燈を思わせる硝子の細工だ。表面に刻まれた無数の印章と、真中に印章を刻むことで加工された理石――つまり印章石を三つはめ込まれたその品が、所謂“灯火の座”という奴らしい。
 ぷるみえーるが村に入った時、驚いたのは村の外との気温差だ、中心に近づくほど気温は増して“灯火の座”が構成する圏が村全体を大きく覆っており、外からの冷気を遮断する仕組みになっているのだという。
 そんな暖かな空気が漂う建物内部の一角。白色に染められた壁に背を預け、ぷるみえーるはノエルがやってくるのを待ちながら、村人達から仕入れた情報を頭の中で纏めていた。
 数ヶ月前からフローリア諸島一帯で発生した、常駐軍の派遣理由ともなった土地概念の異常と鬼種の発生増加。はじめ、ぷるみえーるはコートニー――というよりカンクゥサ以北の異常気象とやらは、その流れによるものなのかと想像していた。だが、村人の話を聞いていると、この地方が今のような極寒の地となったのはその事件より更に昔、コートニーよりも更に北にあるというゴディバの遺跡で起こった謎の爆発と、それによって発生した大規模な土地概念の変質が原因であるという。
 元々はアノーレ北部も現在の南部一帯の気候と殆ど変わらない地域であったらしく、コートニーのすぐ北に広がっているカチトは昔は土地豊かな平野として村人達の狩猟場として使われていたようなのだが、今では風雪渦巻く雪原となって侵入者を拒む異質地形へと成り代わっているという。カチトを超えた先にあった幾つかの地形とアノーテ最北の村とされたハザムは、その雪原に遮られ、今はどうなっているのかコートニーの村人達も確かな事は知らないらしい。
 土地概念が変質した地形では常識外としか言いようの無い現象に見舞われる事もあるため、知識の無い者、準備の無い者、覚悟の足りない者がそれらの地形に足を踏み入れるのは極めて危険だ。村人達がカチトの向こう側について殆ど何も知らないというのも致し方ない事ではあるが、これよりカチト雪原を渡り北へと向かう身であるぷるみえーるとしては、もう少し彼等が踏み込んだ情報を持っていてくれれば、と落胆する気持ちは隠せなかった。
 ゴディバの遺跡。そこへと至るには、カチトを抜けてハザムの村へと向かい、そこから西へと進むのが定番のルートだという話だったが、この状況では易々と辿れる道筋ではないようだ。
「……しかし」
 彼等の話を聞いていて、ふと疑問に思ったことがある。
 村の者達含め、ポロサやティネ、軍駐屯地での過去のアノーレで起きた謎の爆発。これが一帯何なのかが判らない。

 何が原因で起きたのか。そもそも、その現象は本当にゴディバで起きた爆発なのだろうか。一度も踏み込んで話を聞いた事が無かったが、目的地としてその場を選び、コートニーまできてこの異常気象を目の当たりにすると、発端となったであろうその事に意識を向けずに居られない。
 ――と、そんな事を考えて。
「“しかし”……どうされましたか。ぷるみえーる?」
 すぐ傍から唐突に掛けられた声に、ぷるみえーるはびくりと肩を震わせて声のした方を見る。いつの間に来ていたのか。黒銃を背負ったノエルが首を傾げて立っていた。
 ぷるみえーるは何でもないと首を振る。口に出すほどの疑問でもないし、出したところでノエルが答えられる類の問いでもない。
 素早く意識を切り替えると、ぷるみえーるはとりあえず村で仕入れた情報をノエルに話す。
「そうですか。やはりカチトより北は実際に足を運んでみないとはっきりとはしませんね」
 ノエルはぷるみえーるに並ぶように立つと背負った銃を地面に下ろし、ぷるみえーるを真似するように背中を壁に預ける。
「カチトについては、軍の方でも同様の話を聞きました」
 ノエルの言葉に、ぷるみえーるは意外という表情を作る。軍もカチトより北の調査を行っていなかったのだろうか?
 問いに、ノエルは一度首を横へ振る。
「いえ。カチトの北にはハザムという村もありましたから、村の安否を確認する為にコートニー駐在の部隊も何度か斥候を派遣したそうなのですが――一応村の存在は確認できたらしいのですけれど、どうしても確定したルートを作る事ができないそうです。物資を持ってハザムを目指した部隊も、時によって辿り着けたり辿り着けなかったりするだとか」
 一体どういう事かと、ぷるみえーるは首を捻る。カンクゥサで展開されていたような特殊な場が形成されて、土地と土地の繋がりが不安定になっているとか、その辺りだろうか。
「近いです。兎に角、雪原の地と概念の歪みが酷くて、それの影響で技法の発現にも支障を来す程だそうです。特に術式技法の効力が格段に弱まってしまうとか。技法による地図作成も妨害されてしまうそうです」
 技法の効力が弱まるというのは初耳だ、ぷるみえーるはげんなりと顔を顰めさせる。
「そしてそんな中を、周期的にくる吹雪を避けながら進まなければならない。そのような不安定な状況では大部隊も派遣し辛く、それにコートニーの意地にも手一杯という事で、カチト雪原以北は、半ば放置の状態にあるとの事です」
 そんな事で良いのだろうかと、ぷるみえーるは思わず呟く。
 コートニーの村で聞き込んだ時に耳を挟んだのだが、ハザムの村ではアラセマ常駐軍の駐屯地は存在しなかったと聞いた。護ってくれる者達もおらず、コートニーの村からも寸断され、更には遺跡の概念異常に巻き込まれたハザムを捨てて置くというのはどうなのか。
「それは、既にハザムが壊れた村だからとわたしは推測します」
 ――壊れた?
 ぷるみえーるは訝しげにノエルを見る。ついさっき彼女は『村の存在は確認できた』と言わなかっただろうか。
 ノエルは無表情のまま、どう答えるべきか迷うように暫し視線を泳がせて、祭壇の“灯火の座”を眺める形で固定し、その間に頭の中で纏めた言葉を口にする。
「ぷるみえーるには判り辛い表現かもしれませんが、ハザムの村は現在、存在はしていますがそれは幻のものであるというのが、コートニーの駐屯地に詰める者達の結論だそうです。ゴディバから波及した土地概念の変質に取り込まれて、村の人々は既に生物でなく、ハザムという土地が持つ大きな概念に飲まれた、現象の一部と化したと。ハザムに辿り着いた軍の方達の話を聞くと、村の方々はその出来事より以前の生活そのまま、普通に暮してらっしゃるそうです。けれど、村の外には出られず、身体が変化する事もない、殆ど人ではない別のモノとなっていると、わたしはそう伺いました」
「…………」
 なるほど、確かにそれは、壊れている。
 ぷるみえーるは顔を顰めて黙り込む。ノエルも口を閉ざし、暫しの沈黙が降りた。
 暖かく輝く“灯火の座”を何となく眺めて、小さく息をつくことで沈黙を破ったのはノエルの方だ。
「……ハザムについては、今のわたし達に出来る事はありません。ですので、気持ちを切り替えましょう。今のわたし達がやらねばならぬことは、ゴディバへと辿り着く事。幸い、カチトの土地概念が及ぼす影響は準軍師にも出ている筈。技法による飛行は適わず、足は遅くなっている筈です。先行する事は適わずとも、距離を詰める程度は出来るかと考えます」
 ノエルは壁から背を離すと数歩前へと進み、そして振り返る。
「急ぎましょう、ぷるみえーる。北の果て――“凍え穢れし”ゴディバへ。そこで、全ての決着を」

End og Scene...
posted by ぷるみ at 13:50| Comment(0) | MdQ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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