―カンクゥサ山地―
ちょっとココ言い回しくどいと思う…
アノーレ島の北部と中央部とを隔てるように横たわるカンクゥサ山地は、土地概念の歪みが一際強い危険な場所。島の中央部から北部へ、もしくは北部から中央部へと移動するなら、この山脈を抜ける必要が出てくるのだが、カンクゥサの山では常識的には到底考えられない現象が次々と発生するため、一筋縄ではいかないらしい。
そしてその現象の内、最も大きなものが“真逆の理”と呼ばれる現象なのだという。
山を進もうとすれば進めず、戻ろうとすれど戻れず。留まろうとすれば山の麓へと立ち戻る。そんな異質な理が支配する空間が山地の中央に横たわっており、その理を克服しなければ山地を抜けて進む事は不可能だという。
・
「――と言う訳なのですが、ぷるみえーる。一つ宜しいでしょうか」
簡単な説明を終えたノエルが、いつもと同じ感情の薄い瞳を向けてくる。ぷるみえーるは背後から投げかけられた言葉と視線に短い頷きだけで答えつつ、ふとノエルという娘について考える。
アノーレへ渡ってから共に旅を続けているノエルとは、当然それなりの時間を共に過ごしている事になる。 それで気付いたのは、彼女が常に浮かべる感情の薄い態度や表情は、内に生まれた感情を意識して殺した結果のものではなく、元々情動と呼べるものが薄いが故に生まれた無表情。つまりノエルという娘は良く言えば動じない、悪く言えば冷血な人間であるという事だった。
(いや……)
そこでぷるみえーるは僅かに首を横に振る。
冷血、と呼ぶのは少々語弊が生じるだろう。つまり、相手の示す感情を己が実感として理解できないが故の、無理解から生じる反応。それが傍から見て冷たい印象を与える、という事だ。
大きな情動を示す他人を何処か褪めたような眼差しで眺めているのを見る限り、理由は判らないが、彼女にはそういった感覚があまり理解できていないのではないか。ぷるみえーるは何となくそう感じていた。
(尤も、完全に情が無いという訳ではないようだけれど……)
今まで共に旅した中で幾つかの場面で、彼女の感情の発露といったものは目にしていた。が、本人は己が内に生じた感情をどこか持て余していたように見えたのも事実で、その殆どの場合が不機嫌になるという形で表へと出ていたように思える。
そういった点を含め、彼女には精神的にどうにもアンバランスというか、奇妙な点が多く見られるようにぷるみえーるには思えそれが心配――という程ではなかったが、少なからず気に掛かる事は否定できそうになかった。
とはいえ、それも最近の立て続けの変事、そして彼女の“先生”との再会を経て、多少解消されつつあるようにも見えるが。
「……ぷるみえーる? 聞こえていますか」
と、ノエルの再度の呼びかけに、はっとぷるみえーるは我に返る。無駄な思考に気を取られて返事するのを忘れていたらしい。
そんなぷるみえーるの様子をノエルは僅かに細めた目で見据えるが、惚けていた事に対しては強いて何も言わず、続けて口を開いた。
「このカンクゥサ山地を突破するには何らかの手段が必要だとわたしは考えるのですが、ぷるみえーるの内にはこの山脈を抜ける為の策がおありなのでしょうか?」
斜め後ろからのノエルの視線を感じて、ぷるみえーるは反射的に遠くを見ながら暫しの無言。その間に彼女の今までの説明を頭で幾度か分解し、組み立てて、整理完了。
そしてふむと一息ついた後。
判って聞いているのか、それとも素で問うているのか。恐らくは後者だろうなぁと内心考えつつ、ぷるみえーるは短く答えた。
そんなもの、ある訳がないだろう。
「…………」
言葉に、後ろを歩くノエルの歩調が僅かに乱れる感覚。小さいながらも判りやすい彼女の反応に、意地が悪いと自分でも思いつつもぷるみえーるは僅かに笑ってしまう。
「ぷるみえーる」
と、笑うぷるみえーるの様子に気付いたのか、ノエルは歩く速度をあげるとぷるみえーるの前へと回りこみ、相変わらずの無表情の奥にほんの僅か、気付くか気付かないかといった程度の怒気を潜ませて口を開く。
「わたしには理解できません。概念変質が激しいとされる山地の奥へと迂闊に足を踏み入れるのは、極めて危険なことだとわたしは判断します。ノスキスの村で、情報を得るか、イェア等の学士に意見を求めるのが良いと考えます。この結論に何か問題があるのでしょうか」
彼女の問いは予想通りのもの。ぷるみえーるは一つ吐息をついた後、講義するような調子で己の考えを彼女に話す。
危険であるなんていう事は最初から判り切っている。そんなこと、今更改めて言われるまでもないと。
短い旅の間で知ったノエルの性格から考えれば、解の出せる情報が出揃っていないうちに動くのは良策ではないと結論づけるのは判る。だがしかし、それを承知で飛び込まねば前へと進めないという状況も、世の中には存在する。今回の件は恐らくその類のものだとぷるみえーるは判断していた。
遺跡探索での概念的な仕掛けや、土地概念の変質による異常地形の攻略時には、単なる事前情報だけではその内容を掴み辛い類のものが数多くある。話として聞くだけ、文字として読むだけでは想像しきれない理があるものなのだ。今回のカンクゥサに置ける現象もその一つではないかと。
そういった類の現象の多くは、取り敢えず己の肌で実感する事が一番。命の危険に晒されることもあるが、それ故に“事”の本質を掴むことができる。
山へと入る前に仕入れた情報の中には、これはと思うものも幾つかあった。だがそれも実際に“真逆の理”とやらを味わってみなければ、使い物になる話であるのかそうでないのかも判断できない。一度味わってみなければ話にならないと――そういう訳だ。
そこまで話して、ぷるみえーるはノエルにどう思うかと問うた。
黒銃を揺らして歩く彼女は、浅く首を傾げて僅かに思案するように間を置く。
一歩、二歩、三歩と。ぷるみえーるとノエルは無言のまま歩き、ふ、と細く息をつく気配。
「……正直理解できませんが、あなたがそう仰るのでしたら、これ以上は何も」
何やら呆れているような気もする。ぷるみえーるは困り顔のまま頬を掻くが、まあいいかと口を閉じた。いまひとつ納得されていないようで少々不本意ではあるが、彼女はもう良いと言っているのだから、これ以上無駄な会話を続ける必要もないだろう。
あとは何が起きても即座に対応できるよう、油断せず、気を引き締めて進むしかないのだが――・
・
山を周回するように登る緩やかな坂道を歩く。先程から山道を黙々と登っているはずなのだが、一向に山を登っている気がしないのは気のせいだろうか?
(……はて?)
単なる勘違いという可能性も考慮し、半歩遅れて付いてきていた旅の道連れにぷるみえーるが問うと、
「進んでいないと、私も判断します。少なくともこの一時間、高度の変化は殆ど起こっていないと断言できます。常に道を登り続けていたにも関わらず、です」
「……?」
ノエルの返答に、ぷるみえーるは僅かに首を捻って彼女を見る。黒銃を背負い付いてくる軍服の娘の、淡々としつつも断定に近い調子の言葉には、何か確固たる理由があるように感じられた。だが、ぷるみえーるにはその理由がさっぱりと思いつかない。
怪訝な表情で自分の顔を見るぷるみえーるに、ノエルは色の薄い顔を小さく傾げて数秒。そこでぷるみえーるの視線の意味に気付いたのか、改めて口を開く。
「簡単です。高度差による気圧変化が全く感知できませんでしたから」
(……は?)
呆気に取られた。少なくとも、体感して判る程に山を登った覚えは無い。なのに一体どうして気圧の変化などという事が判るのか。
ぷるみえーるの表情に浮んだ疑問の色がより強まるのに、ノエルは僅かに目を瞬かせて一拍。
「あ」
何かに気付いたように身体を僅かに震わせると、
「――そう、ですね。良い機会ですのでお話しましょうか」
彼女はぼそりぼそりと、いつに無い戸惑いの残る調子で話し始める。
「ぷるみえーるは薄々お気づきかもしれませんが、わたしはあの、ちょっとですが特殊なのです。色々と他の方とは違う……その、どう言えば良いのでしょうか?」
と問われても答えようが無い。彼女らしからぬ迷いの含んだ問いを受けて、困惑の表情のまま固まるぷるみえーるを見て、ノエルは答えを己で出さねばならぬ事を理解したのか、眉を寄せたまま視線を宙に彷徨わせ、考え込むような仕草で数秒。
「――そう、ですね。最も近い言葉としては“機能”……いえ、これは駄目。“能力”……はちょっと違いますか。そうなると後は……“特技”? ――そう、“特技”。これが一番表現としては適切ですね」
まるで自分と話すかのような調子でノエルはぶつぶつと呟いてから、小さく咳払い。表情を改めてぷるみえーるへと合わせる。
「あの、わたしは他の方々とは違った“特技”といったものを幾つか持っておりまして、周囲空間の気圧感知もその一つであると、そう考えていただけるとありがたいのですが――その、どうでしょう?」
何とも含みを持った言葉であったが、それよりも戸惑い交じりの詰まり調子で話す彼女の様が新鮮で、そちらに気を取られていたぷるみえーるは深く考えずに頷いてしまった。
(……あ)
しまった、と思うが、しかしノエルがぷるみえーるの返答にほっと安堵するかのように息をつくのを見て、きつく追求する気も失せた。
「ありがとうございます」
ノエルは呟き小さく一例。そして下げた頭を上げる頃には、彼女の面にはいつもの無表情が浮んでいた。
「それで話を戻しますと、今わたし達を包むこの現象が、恐らく噂の“真逆の理”というものではないかと思われますが――ぷるみえーる。如何なされますか?」
問われて、ぷるみえーるは素直に困った。
如何と言われても、というのが正直な感想だが、それを口に出すのをぷるみえーるは懸命にも避けて、ぷるみえーるは無言のまま思案。
出来る行動はそう多くは無いのだ。登るか降るか留まるか。この三つの行動でどうにか山を突破しなければ。
――と、そうこうしている間に、山道の脇の繁みから亜獣の気配が漂う。
(一先ずは、障害を排除してから、か)
ぷるみえーるが視線だけで示すと、ノエルも状況を理解したのか己の黒銃を背から前へと廻し、構える。それを見届け、ぷるみえーるも武器を引き抜いて一歩前へ。
狙いは繁みの奥。まだ見えぬ獣の姿へと向かい、ぷるみえーるは渾身の技法を放つ!
・
亜獣を捌ききったあと、軽く一息つく。さて、進むか戻るかどうするか。
See you Next phase...
2009年03月24日
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