2009年03月02日

幽かなる彼女 アノーレ島遺跡イベント

―幽かなる彼女―

rizela.gif「駆け引きの場以外での正直は美徳だ。」

名言いただきましたwww

 イルギジドはぷるみえーる達の視線を受けて一つ笑みを作ると。
「ご苦労様ですな皆様。では早速、概念の回収をさせていただきましょうか――“―と加せ、同加[エクストゥルース]”」
 ぷるみえーるやリゼラが立つ厚みの無い床の通路上に着地したイルギジドは、呪文と共に何かを促すように杖を振る。
 それにあわせてシンラが高々と吠え声を上げれば、散り飛んだヴァイオラの気配がシンラの身の内へと吸い込まれ始める。
「ぷるみえーる、止めなければ――!」
 ノエルの言葉に頷き、ぷるみえーるは武器を構える。既にシンラはノイハウスの“大禍鬼”を喰らっている。これ以上“大禍鬼”を喰わせて力をつけさせる訳には行かない。
 ぷるみえーるは素早く己が身に宿る神形の力を解放しようとして――その動きを上回る速度でぷるみえーるの横をすり抜け、イルギジドの元へと向かい飛び出す影があった。
「ぬかせ術士、次は貴様だ!!」
 そう叫び、駆けるのはリゼラだ。
 彼は己の袖内より『九継』を出しながら、イルギジドに向かい一瞬で間合いを詰める。床を蹴り飛ぶように走る速さは、荷を背負わずに全速で駆ける軍馬をも上回る程だ。
 だが、それでも接近しきるまでに、イルギジドが一動作を取る程度の間はかかる。
「いやいや。邪魔は無しですよ、“杜人”殿」
 腕を振る動き一つ。イルギジドが杖に宿った奇妙な力を、場へ大きく解放させるのが見えた。
「“喰らいつけ、不吉なる横笛[イヴルフルート]”」
 更に、杖から離れた力がイルギジドの言葉によって異質な気配を増し、目前にまで迫ったリゼラに収縮する。
 その力は彼が喚び出しかけていた『九継』の炎身を一瞬にして砕き、強烈な波動となってリゼラの小さな身体を呆気なく吹き飛ばした。
 少年の身体が凄まじい速度で空中を滑り、彼方の壁面に叩きつけられ、転落する。
「――っ、は」
 落ちた地面の上で、呻きの声と共に何とか起き上がろうとリゼラはもがく。意識はあるようだが、しかし受けたダメージの大きさは隠しようが無いのか。僅かに身を起こす事すらままならないようだ。
「はは、いやはやいやはや」
 ほんの少しの力も入らず震える彼を遠く眺め、イルギジドは驚きの表情のまま拍手した。
「流石流石。残る“贄”の力三割を解放しての一撃を受けて、まだ意識を保ちますか。全く、その年でその精神力の強さは、正直驚嘆する他ありませんな」
「……く、きさ、ま」
 顔だけを何とか上げて、リゼラは凄惨な形相でイルギジドを睨む。だがイルギジドはにこやかな笑みすら浮かべてその視線を受け流した。
「だが、身体は持ちますまいよ。散った翆霊とてその身では掻き集められぬでしょうしな」
 正に余裕、といった態度でイルギジドは告げると、今度はぷるみえーるの方へと視線を移す。
「さて、次はあなた方ですが」
 同時に感じる、何とも表現し難い厭な気配。
「――――」
 身体が無意識に動いた。
 ぷるみえーるは反射的に斜め前方へと飛び、彼の視線を避けつつ近づこうとしかけて、
「“それは何物も拒む境。絶対領域[フォースフィールド]”」
 一瞬での術式の構築。ぷるみえーるが動きを開始する前に、その周囲を輝く壁が塞ぎ、閉じる。
 絶対領域[フォースフィールド]。
 主に召喚師達が対象の束縛若しくは防衛のために使う。世界を断絶する結界術の一つ。効果時間は短いが、破る事は決して出来ないとされるものだ。
 ――だが。
「ぷるみえーる、今のあなたならこの壁を破る事は容易い筈です!!」
 判っている。背後からのノエルの声に、ぷるみえーるは頷きだけで返すと、片手を大きく掲げる。
 身に宿る神形の輝きが一際増した。自分を包む環境。強い“留める力”に反応して、器に宿る神形の意識が沸き立ってる証拠だ。
 躊躇う間もなく、ぷるみえーるが振り上げた武器を払い撃てば、囲っていた絶対領域の境界は熱に溶けるバターのように呆気なく消え去る。結界の形成から消滅させるここまでの動きに、まだ三秒と掛かっていない。
 しかし、その僅かという他無い間を、イルギジドは有効に活用した。
「“開け、封印の檻[シールドケイジ]”」
 イルギジドの力持つ言葉と共に空中に浮ぶのは、召喚の為の印章の輪だ。彼はぷるみえーるが結界を抜けるための動作を取る間に、召喚術を扱う為の輪を作り上げていた。
 数は無数。本来ならば有り得ぬ技であるが、あの杖に宿った奇妙な力がそれを可能にするのか。紡がれた円の間から様々な召喚獣が吐き出され、ぷるみえーるへと殺到した。
 舌打ちしつつ、迎撃を開始する。
 一撃、若しくは二撃。神形器の力を借りたぷるみえーるは群がる獣達を一瞬で屠っていく。
 だが、その間にもイルギジドの後方に浮ぶシンラは、周囲の空間に散った陰性概念――“大禍鬼”の残滓を啜り上げ、己の力へと変換していく。
「ぷるみえーる、これでは――」
 ノイハウスの再現だ。判っているが、しかし召喚獣の相手をしない訳にも行くまい。
 最後の毛も恩を消し飛ばし、ぷるみえーるはそこで漸くイルギジドの方へと向くが。
「惜しい。もう少しでしたな。既にこちらの作業は終了です」
「――――」
 イルギジドの後ろに控える。“大禍鬼”は同族を二度も喰らった影響か、もうシルイーヌやヴァイオラとは全く別次元の存在であるかのような雰囲気を漂わせていた。翼持つ巨体という姿はそのまま、最初にノイハウスで見た時より、二回りはその身を大きくさせているように見えるのは、単なる纏う気の強さによる錯覚であるのか、それとも。
「され、用も済んだ事ですし、そろそろワタクシはお暇――と行きたいのですが、どうしましょうかね。あなた達がどうやってノイハウスの“命脈”流出から逃げ切ったのか、少し興味があるのですが」
 イルギジドは伺うようにこちらを見る。
 だが、ぷるみえーるには答える気など全く無い。そもそもぷるみえーるはあの遺跡から溢れ出ていた力の流れが急速に萎んだ原因など知らなかったし、知っていたとしてもこのふざけきった男にどんな小さな上方でもくれてやる気は無かった。無視したまま、自身を覆う神形の力を溜め込むように身構える。

 そんなぷるみえーる達の様子を見て、イルギジドは顎を軽く撫でて苦笑。
「当然と言えば当然ですが、嫌われたものですなぁ。では、致し方ない。答えを聞くのは諦めて、憂いを断つ為にここで死んでいただきましょう。シンタ、行きなさい」
 一歩。大きな歩でこちらへと進むシンラ。ただそれだけで周囲の空間が震え、ぷるみえーるの肌上をびりびりと痺れが走る。
「ぷるみえーる、来ます……っう」
 呻きと共にノエルが頭痛を堪えるように顔を顰め、僅かに膝を崩す。シンラの生み出す威圧力が、彼女の耳上に飾られた羽――イェア特製のアクセサリが持つ護りの力を上回っているのか。
 ぷるみえーるは反射的に彼女を庇う位置へと移動すると、また一歩前へ踏み出した“大禍鬼”を睨み上げ、そして素早く視線を移す。
 イルギジド。彼は最初見た時より半分程度の大きさとなった朧な輝きを纏う杖を肩に当て、ゆるりと後ろへと下がる。戦いを傍観するつもりか、それともこちらの隙を狙って攻撃を仕掛けてくるつもりか。
 次に、鬼の背後を見る。シンラが放つ凄まじい破気に紛れて感じ取り辛いが、遺跡中央に浮ぶ光の球体、ヴァイオラを閉じ込めていた力の輝きは、制する為の蓋を失ったことにより徐々に強くなり始めている。“命脈”から漏れ出す力の氾濫。それから逃れるには、シンラとイルギジドを早急に片付ける必要がある。
 ――しかし。
 厳しい視線のまま、ぷるみえーるは一瞬だけ背後を見る。遠く遺跡の壁際には、倒れ伏したままのリゼラ。まだ先程イルギジドから喰らった衝撃が抜けないらしく、漸く半身を起こした程度。戦闘など不可能だ。
 そしてぷるみえーるの直ぐ背後に居るノエル。銃を構え、戦う意気は見せているものの、顔は顰められたまま。イェアから貰った羽飾りでも、鬼が放つ陰性概念を完全に遮断する事ができてないようだ。
 ぷるみえーるとて、既にリゼラと一戦、“大禍鬼”と一戦と、激しい戦いを二度も超えており、完調とは言い難い。急いで倒さねばならないどころか、まともな戦いになるのかどうか。それすらも判断がつかない。
 いっそ、今は全力で退くべきか。真正面から戦うより生き残る確立はまだ高いかも知れない――そんな事すら考え始めた、その時。

『その辺にしときなさい』

 ――何処かで聞いた声が、戦いの場である遺跡全体を木霊するように響いた。

 ・

「その声――“先生”!?」
 背後からのノエルの叫びに、ぷるみえーるははっとする。
 そう。今響いた声の質は、明らかに彼女、ノイハウスの遺跡でイルイーヌの拳によって消し去られた“女賢者”レェア・ガナッシュの声だ。
『はぁい、せーかい。相変わらず優秀だねノエル。……さて』
 同時、ドーム中央に浮ぶ光の球体――“命脈”へ繋がる空間から、槍のような光が曲線を描くようにして無数に飛ぶ。幾本もの光はぷるみえーるやシンラ、イルギジドにリゼラと各々の間を力の格子をなって遮った。
「これは、翆霊? いや、“命脈”の力か?」
 己の長杖を構えて目を細めたイルギジドに、響く声が答える。
『ご名答だ、“召喚津あkさ”。ここでうちの生徒とその連れをやらせる訳にはいかないんでね』
 そして、身構えたままのぷるみえーるとノエルの丁度中間の位置に、ぼんやりと輝く白色の人影が浮かび上がった。
 ディテールは酷く曖昧で、輪郭も半ば周囲の空間に溶け出している。しかし、それは確かに、あの“女賢者”レェア・ガナッシュの姿だった。
「せ、“先生”――」
 手にした住を放り出しかねない勢いで、彼女の傍へ駆け寄るノエルだが。
『っと、ととストップストップ! 触っちゃ駄目だよノエル!』
 慌てた様子のレェアに、ノエルは顔中に疑問を浮かべて立ち止まる。
『この身体、“命脈”の――飛沫の一滴みたいなちっさい力を捏ねて作ったモノだから、触っちゃうと形を維持できなくなる。だからストップ』
 目を瞬かせながら頷くノエルに、レェアは笑みを一つ送ってから表情を改め、イルギジドの方へと振り向く。
「いやはやいやはや、何とまぁ。はは、ははは」
 イルギジドは驚きと愉悦。その二つを大きく表した表情で一頻り笑った後。
「――驚きましたな。確かに殺した筈でしたが……どういう事ですかね、その身体は?」
 問いに、レェアはふんと鼻を鳴らす仕草。
『簡単な事よ、召喚司。あの鬼に殺される前に、貴方が来る前に駆動寸前にしてあった“命脈”に存在概念を写す式を動かしたの。不完全もイイトコ、サポートの人形も全部壊された状態で起動した上に、即座にノイハウスから漏れ出す“命脈”の押さえ込みに入ってたから、今の状態になるのにかなり時間食ったけどね』
「精神の“命脈”への転写、ですか。召喚士のワタクシからしますと、到底ありえぬ技に思えますが――」
『“大禍鬼”従えてるあなたに言われたかないがね。それに“命脈”自体へ転写したって訳じゃない。長年の研究と、引いた“命脈”の規模が枝の枝、極めて末端のソレだった事。あと、行った環境が“命脈”への概念的距離がほぼゼロに近い状況だったってのが成功の要因かしらね。色々と“欠けた”けれど、予想以上に上手く行ったわ』
 レェアの形をした何かは、揺らぐ両腕を起用に組んで見せると、僅かに首を傾げた不敵な態度で問う。
『さぁて、召喚司。ずいぶん派手にやってるようだけど。来る途中、軍の部隊も幾つか潰してきたみたいね』
「彼等が突っ掛かってきましたのでお相手していただけですが……よくご存知で。それも“命脈”と繋がった恩恵ですかな」
『まぁね。といっても大して融通は利かないけど。で、どうする? この場でやるか?』
「――――」
 イルギジドは僅かに眉根を寄せて周りを見回すように視線を動かす。
 自身の杖。イルギジドの意志を受けて、大翼を広げたまま光の格子の前で止まっているシンラ。その向こう側に立つ神形の使い手と、特殊調整された古代亜人種。そして“命脈”の末端、半ば概念の存在と化した女賢者。最後に、遺跡中央に輝く光球体。球から漏れ出る力の気配は、ヴァイオラ顕現後から加速度的に大きくなってきている。
 それらを見届けた後、イルギジドはぷるみえーる達を見て、力を見抜くように小さく吐息。僅かに笑みを見せた。

 「……止めておきましょうかね。この光の檻が、扱える“命脈”の力の限界であるならば大した事はなさそうですが、実際の処は未知数ですし……無駄に突ついて“命脈”の力を暴走されては逃げ切れない。退かせていただけるならばそうしたい処ですが」
『なら退きなさい、追いはしない。ぷるみえーる達も消耗激しいだろうし、これ以上の戦闘は無理でしょ?』
 厳しいのは確かだ。だが、ここで奴を逃がして良いのか? 既に二つの遺跡に封じられていた“大禍鬼”を取り込み終えたイルギジドが、次にどう動くつもりなのか。それが一切判らないというのに。
「“先生”――ですがそれは」
 ノエルが戸惑うように呟き、格子の向こうに見えるイルギジドも僅かに驚いたような表情を浮かべる。
「宜しいのですか? 推測ですが、貴女は“命脈”と概念的位置が近い場所でなければこちらへ現れる事も出来ないでしょうに。貴女の事です。次のワタクシの狙いも読めているのでしょうが――あそこは特殊だ。その身では顕現できますまい。それでも今を逃すつもりですか」
『判っちゃいるけどね。でも、今からここでドンパチやられて理粒子[イーサ]を乱されると、ヴィタメールに連結している“命脈”が抑え切れない。だから早く静かにしてほしいのよ。もうここでの用は終わってるんだろう、召喚司』
 イルギジドはふむと一つ唸り、思案の間を開けた後。
「確かに、あなたの“命脈”の流出防止を邪魔をして被害を拡大させても、大した意味はありませんしな。利のある悲劇を呼び起こす事は躊躇いませんが、意味の全く無い悲劇のお手伝いをわざわざする程、良い趣味はしておりませんし」
 長杖を軽く横へと振って、小男は口元だけを歪めた笑みを作る。
「――宜しいでしょう。今日のところはここでお暇しましょう。“繋げ、境界[スレショールド]”」
 イルギジドが最後に紡いだ言葉は、召喚士達が召喚獣を自分が所有する閉鎖領域へと還すもの。シンラの身体が煌く虹の色に包まれて、空間に溶けるように姿を消した。
 同時にレェアが右手を掲げれば、光の球体から伸びていた檻も消え去る。消滅したのはイルギジドを囲っていた光のみで、ぷるみえーる達の前にはまだ光の格子が組まれたままだ。自分やノエルがイルギジドの不意の攻撃に対応するための壁として残しているのか。
 イルギジドは杖を構えたまま、レェアに定めていた視線を僅かに左右へとずらした。
「しかし……貴女が来ないとなれば、来るのはそこの方々ですか?」
『んー、どうかな。正直、あなたの次の目的地は判るけど、そこで何をして、その後どうするつもりなのか。そこがいまいちはっきりしなくてね。だから、下手にちょっかいを出すか出さざるべきか、迷う処なんだが』
 答える気はあるのか。そんな視線を向けるレェアに、イルギジドは薄く浮かべていた笑みを消す。
「ワタクシの目的、か……まぁ、大したものではありませんよ。一つは単なる欲求であるし、もう一つは感傷に近いもの。半ば諦めてはいるのですが、これだけの力があればもしやという事もある。やれる事はやっておきたいと、そういう訳でして」
『判り辛いね。もう少しはっきり言えない?』
「ワタクシにも恥じらいというモノがありましてな、この辺りでご勘弁を」
 レェアの言葉をイルギジドは軽く肩を竦めて受け流すと、
「さて、ではまた――次に会う機会がありましたら、決着でもつけましょう、“神形の操手”殿」
 大仰に一礼。そして杖を大きく横へと振れば、彼の身体は一瞬にして速度を増し、半ば崩れた天井の大穴から、遥か北の向こうへと飛び去っていった。

 ・

「“先生”……」
 イルギジドが消えていった方向を睨んでいたレェアは、恐る恐る、といった風に見上げ呟くノエルに、にこやかな笑みで振り返る。
『ノエルにぷるみえーる。無事で良かった、何とか間に合ったね』
 そんな事よりも、今の彼女の状態の方が気になった。一体その姿は何なのか。
 ぷるみえーるが半ば顔を引きつらせて問えば、レェアは自身の身体を見下ろして、小さく苦笑。
『これか。ま、簡単に云うと、実際の私はもうあの時に――ノイハウスで死んでるの。今のこれは、寸前の処で“命脈”の細い細い支流。そこに自分の存在概念を強引に転写して焼きつけた結果。その形をなぞって発現してるのが今の私のこの身体ー……って判り辛い?』
 判り辛い。頷くぷるみえーるに、朧な彼女は小さく苦笑する。
『まぁ、亡霊みたいなモノって思ってもらえば良いよ。といっても、アノーレの“命脈”が近い部分でしか出て来れなくて、少しだけ“命脈”の力を間借りできるヘンな亡霊だけど、ね』
 言って彼女が掌をぷるみえーる達の方へと掲げれば、確かにそれは輪郭もぼやけ、僅かに透けている。レェアの姿を模ってはいるが、その身は既に明らかに人外のものだった。
「でも、“先生”」
 ノエルが、その掲げられた掌を、両手で柔らかく包むような仕草で取る。感情の薄い表情と瞳が、しかし精一杯の心を込めてレェアを見据えて。
「そんな姿でも、もう一度あなたに会えて嬉しい。わたしはそう思えます」
『……うん。ありがと』
 触れないように、それでいてしっかりと掴むように掌を包んだまま告げたノエルに、レェアは顔をくしゃりと歪めて頷いた。

 ・

『――さて、“命脈”を押さえ込みますかね』
 レェアは周囲に刺さった光の格子を全て浮ぶ球体へと引き戻させてから、気合を入れるように声を張った。
『ノエルとぷるみえーるはまず遺跡の外へ出なさい。多分その辺りまでで流れを押さえ込めると思うから。後の事はこっちに任せて、あなた達は……』
 と、そこでレェアは一度言葉を止めてぷるみえーる達を見て、少し間を置いてから続ける。
『これからどうする気なの? イルギジドは多分カンクゥサの北、既に原因不明の爆発で吹っ飛んだゴディバ遺跡へと向かうだろう。多分そこで、ゴディバに封じられた“大禍鬼”の存在確認と、そして居た場合はその鬼――確かウィールスゥインっていう“大禍鬼”を支配下に置くか、シンラに食わせるかするつもりでしょうけれど』

 先刻イルギジドとレェアが話していた目的地とやらはそこであるらしい。納得するぷるみえーるを横目に、レェアは話を続ける。
『その行動自体は、もう別段問題にはならないのよね。既にあの遺跡は暴走し終わった後で周りの地形は無茶苦茶だからね。要の“大禍鬼”が存在して、それを取り外したとしても被害は今と変わらない。彼を放置しても結果は同じなの。なら』
「同じであるなら、無駄に関わり危険を冒すよりは放置したほうが良い、と仰りたいのですか?」
 口を挟んだノエルに、レェアは難しい表情で小さく唸る。既に音声として伝わらない彼女の唸りは、頭の底に重く響く振動となって響いた。
『どうだろうね。奴がゴディバでウィールスゥインを得る得ないに関わらず、そこから先の行動が読めないから何とも言えないのよね。既に“大禍鬼”としては破格の力をつけつつあるシンラを連れてアノーレを――いえ、フローリア中を壊しまくるつもりなのかもしれない。前者ならゴディバでウィールスゥインと接触する前に止めたほうが良いし、逆なら無駄に手を出して被害を出すより放置してもいいかもねえ。まあ、私の予想だと意味も無く暴れまわるって事は無いと思うが』
 言って、彼女はくすりと笑って肩を竦める。その雰囲気から察するに、彼女自身はどちらでも良い、若しくは面倒な手間とならない後者の選択が良いと考えているように見えた。
「ですが、レェア」
 と、そこで僅かに非難の色を滲ませた口調でノエルが言う。
「その理屈でしたら、意味が有れば暴れるという筋も成り立つ筈です。それにイェアからの指示という部分もありますし、準軍師はポロサ駐屯の部隊と、そしてカナード・フハールを殺害した疑いがあります。軍という立場から考えるなら、見過ごすわけには行かないと考えます。ぷるみえーるにも、強制できませんが、準軍師の件について協力は求めたいと思っています」
 淡々と告げるノエルをレェアは困ったように見て、次いでぷるみえーるの方へと視線を送る。その目が訴えるのは、あなたはどうするつもりなのか、という問いだ。答え辛く、ぷるみえーるは口を噤む。
 ぷるみえーるとしては、イルギジドを追うつもりだった。まず、イェア・ガナッシュから受けた彼を止めろという依頼がある。更にあの召喚司は倫理といったものを然して重視しないような気配も感じ取れたし、幾度かしてやられ、その借りを返したいという思いもある。
 しかし、本音を言えばノエルはこれ以上付き合わないほうが良いのではないかとも考えていた。先程シンラと対峙した際に、奴の放つ強烈な概念的な威圧がイェアの持たせてくれたアクセサリの護りを上回る様を見ていると、少しばかり心配になる。
 直ぐには答えられずに困った表情で首を傾げて見せたぷるみえーるに、レェアは溜息――実際はそんな仕草を見せるだけだが――をついて、何やらいつに無く硬い表情を見せているノエルへと視線を戻す。
『まぁ、私も強制するつもりは無いけれど……軍っていっても、あなたは本当は軍人でも何でもないでしょうに』
 む、と黙り込むノエルに、レェアは言い聞かせるように言葉を続ける。
『あなたが軍属扱いなのは、あくまで私やイェア達と一緒に居る為の隠れ蓑みたいなものだったでしょ? 別に私も妹もあなたを真っ当な軍人に育てる気なんてないよ。あなたとあいつは――“大禍鬼”は相性が悪い。だから無理に追う必要はないと思うけれど』
 だが、ノエルは小さく首を振った。
「そういう訳にも行きません。今の軍ではこの情報を伝えたところで実際に動き出す頃にはもう手遅れになっていると考えます。間に合うのはわたしとぷるみえーるだけです。あの人には罪がある。償ってもらわねばなりません」
『珍しいね。そうやって感情的になれるのは、昔と比べれば良い傾向だとは思うけど……どうして、そんなに必死になるの?』
 呆れと戸惑い半々の苦り顔で訊ねるレェアに、ノエルの顔が崩れた。
 何故判ってくれないのか、そんな表情と共に呟かれたのは。
「……だって、彼は貴女を殺しました。許せる筈、ありません」
『――――』
 レェアは両眼を見開いて固まり、数拍。
『あー、そう来たか』
 彼女は燐光を放つ髪を軽く掻いて苦笑すると、小さく頷く。
『……となると当人の私が幾ら言っても止められない、か。なら急ぎなさい、ゴディバへ。この混乱状態なら、カンクゥサを番していた軍の連中も引っ張り出されてるでしょ。抜けるのは容易い筈だけど、三つの遺跡で大きな概念変動があったせいで、島全体の土地概念がバランスを欠いてる。鬼種が発生しやすくなってるから気をつけなさい。――あと、ぷるみえーる』
 名を呼ばれ、ぷるみえーるはレェアと視線を絡ませる。彼女はぷるみえーるの首に掛かる飾りをじっと見つめてから、顔を上げてぷるみえーるを真っ直ぐに見る。
『冒険者のあなたに依頼。この子の事、守ってあげて。イルギジドとケリをつけられたら、私が替わりに報酬をあげるから、無事に帰ってきなさい』
 ぷるみえーるは無言のまま、頷きで返す。その力強い返答にレェアは大きく笑って、軽く手を振った。
 これ以上、ここに居ては邪魔になるか。
 ぷるみえーるはそう判断して、動く気配の無いノエルの手を引く。だが、彼女は逆らいはしないまでもレェアの方を見たまま首を動かさない。
 そんな彼女に、優しい表情でレェアは呼びかけた。
『ノエル』
「はい」
『全部終わったら、ノイハウスへいらっしゃい。前に、約束しただろう? また、あなたの“先生”に戻ってあげる』
「――はい」
 そこで漸く、吹っ切れたような返事と共に、ノエルは自分の力で外へと向かって歩き始めた。
 その様を見届けたぷるみえーるは自分も遺跡の外へと急ごうとして、レェアが自分を見ている事に気付いて視線だけで何かと問う。
 彼女は小さく手を振って、
『ぷるみえーる。申し訳ないけど、その子をお願いね』
 自分の妹を託す姉のように、そう告げた彼女に、ぷるみえーるはもう一度大きく頷いて、遺跡の外へと走り出した。

 ・

「……全く、はじめた戯言だと思ったものだが、本当に我等が崇める翆なる力の化身となったか、レェア」

 ぷるみえーるとノエルが去った後。レェアが向かったのは“命脈”の孔の傍ではなく、遺跡内部の際だった。彼女の眼の前に座る影――上半身を起こし、しkし立ち上がれずに壁を背にして座り込んでいた少年の顔を覗き込む。
『御免ね、ホント。あなた達の信仰対象を汚しちゃったみたいで。それより、大丈夫?』
「……死んだお前よりは、大したことは無い」
『ま、そりゃそうでしょうけど。……どれどれ』
 レェアは己の右手を伸ばし、少年の額に添える。同時、彼女の手が砕けて、散った光がリゼラの身体を覆い、這い回る。
「――ッ!? お前!」
 全身を弄ばれるような感覚に、リゼラは僅かに声を上擦らせて抗議するが、レェアは驚きの表情で彼の文句を無視。
『身体中ボロボロじゃない! それにイルギジドの“贄”の気がまだ身体に食い込んで……何で意識あるんだ、こんな状態で。待って、侵食だけは何とかするから』
 リゼラを覆う輝きが増し、鍛えられてはいるもまだ小さな彼の身体からどろりと黒い染みが浮き、光に溶けて分解されていく。
 痛みを伴うのか、リゼラは眉ねを強く寄せながら己の身体から抜け出ていく染みを見る。
「たとえどのような一撃を受けたとて、気絶する訳には行くまい。我の下についてきてくれていた者達を志半ばで皆殺しにされたというのに、気を失って寝ていろというのか、お前は?」
 言い捨てるリゼラの顔は、悔恨の情に歪んでいた。彼の心情はレェアにも理解できる。だが、彼女は睨むように少年を見据えて告げた。
『そうよ。今は寝てなさい。そんな身体で起きていたって、何の意味も無いわ。戦士ならそれくらい判るでしょう?』
「……判らいでか。だが、それでも奴を斬りたかった。恨み、という言葉に動かされる程に我等は愚かな存在ではないが、けじめはつけねばなるまい」
『気持ちは判るけど、今回はあの子達に――“神形の操手”に任せて、兎に角じっとしていなさい。“命脈”を押さえ切ったら直ぐにちゃんとした手当てをするから』
 言って、一通りイルギジドが放った“贄”による侵食を取り除いたレェアは砕けた右手を引くと、くるりと少年から背を向ける。
 彼女の向く先には、先程から徐々に発する力を増し始めた“命脈”の孔たる光の球体がある。球体の大きさはイルギジドが封印を解いた時と比べ既に三倍近い大きさとなっており、漏れ出す力も危険な域に達しつつある。球の周囲の空間が力に飲まれて歪み、泡立つように揺れているのが判った。
 レェアは崩れた片手を気にする様子も無く、両腕を広げて肩に力を入れつつ後ろへ声を飛ばす。
『さて、リゼラ君は大丈夫なのかな、こういうの。キヴェンティ達は翆霊があるから“命脈”の力には耐性がありそうだけど、どれくらい強いのに呑まれても平気?』
「お前がどれだけ“命脈”を押さえ込めるのか判らんから答えられんよ。とはいえ、まともに呑まれれば耐え切れまいな」
『……なら、外で待っていてもらうべきかな』
 僅かに振り返り、少し迷うように呟いたレェアに、リゼラは小さく首を振った。
「いや、我はここで見届けさせてもらう。外へ運ぶなどと、そう悠長にしている時間も無かろう? なに、我を死なせたくないと思うなら、完全に“命脈”の氾濫を抑えてみせれば良いだけだ」
『気安く言ってくれるね。そんな簡単な事じゃないんだよ?』
 ぷるみえーるやノエル達の前では出さない、何処か拗ねたような声で言うレェアに、リゼラは不敵な笑みと共に告げた。
「我はお前を信頼している。それが全てだ」
『――――』
 レェアの背中が一瞬びくりと震え、暫しの間。そして張っていた力が抜けたように柔らかくなる。
『……君のそういう台詞を臆面無く言えてしまう処、直したほうが良いと思うんだけど、どうだろう?』
「駆け引きの場以外での正直は美徳だ。それより急げ。そろそろ孔の臨界を越えて一気に漏れ出してくる」
『――判ってるよ、もう。黙って大人しく見てなさい』
 言葉と共に、レェアは己という存在のシンボルとして発現させていた輝く身体を消滅させる。このようなものの顕在化に力を回している余裕など無いからだ。
 果たして抑えられるか。そんな不安は当然ある。ぷるみえーる達やリゼタの前では余裕の態度を見せてはいたものの、本当はノイハウスの時だってぎりぎりだったのだ。確実に出来るという自信など全く無い。
 だが、ノイハウスではノエルとぷるみえーるの。今はリゼラの命を背負っている。
 しくじる訳には行かない。見守るリゼラの意識を支えに、彼女は膨れ上がる“命脈”の力に己の存在を溶け込ませ、全力での制動に入った。

 ぷるみえーるは経験値「25000」を得た!
ぷるみえーるはレベル36になった。
本部長は経験値「25000」を得た!
本部長はレベル36になった。
Isamuは経験値「25000」を得た!
Isamuはレベル36になった。
Yuverは経験値「25000」を得た!
Yuverはレベル34になった。

End of Scene...
posted by ぷるみ at 20:21| Comment(0) | MdQ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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